ココロまいるど

武道と瞑想の実践と、お釈迦様の教えから学んだことを、色々なところからヒントを得て記事にしています。

十 国を治め世の中を平和にする

2014.04.29 Tuesday 20:09
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     世の中を平和にするのは国を安定して治めることにある、といいますが、これには国を治める者が国民の心情を推し量って模範を示すことが重要です。
     それは、国を治める者が老人を老人として敬えば、国民も自然と親に孝行するようになる、ということです。また、国を治める者が年長者を年長者として敬えば、国民も目上の者に対して従順になり、国を治める者が孤児を哀れんで慈悲を示せば、国民は自然に逆らわなくなるということです。
      
     上司を憎く思うときがあれば、自分が上司の立場にいるときに、同じようには部下を使わないようにします。また、自分の部下を憎く思うときがあれば、自分が部下の立場にいるときに、同じようには上司に仕えないようにします。
     前任者を憎く思うときがあれば、自分はそのようなやり方で後任に接しないようにします。また、後任の人を憎く思うときには、自分はそのようなやり方で前任者に当たらないようにします。
     このように、右の者の不善を憎めば、その不善を左の者にはしないようにし、左の者の不善を憎めば、その不善を右の者にしないようにすることを、人格者の行いというのです。
      
     国を治める有力者こそ、慎まなければなりません。この道を踏み外して偏れば、世の中に害を与えて歴史に汚名を残すことになります。国民の心を得れば国は治まりますが、国民の心を失ってしまえば国は滅亡してしまいます。
     そのため、国を治める者は、まず人格者として人間の器を大きくし、その大きさを保つように慎むのです。人間としての器の大きい人物であれば、民が服します。民が服すれば、土地も増えます。土地が増えれば税収が増え、財貨も増えます。人間としての器の大きさがおおもとであって、財はその結果であり、末節です。おおもとである人格形成を軽んじて、末節である財力を重視すれば、民を争いあわせて、奪いあいをさせる悲劇となります。
     重税を取り立てて、財が国を治める者に集まれば、民は離散してしまいますが、税を軽くして、国を治める者の財が少なくなるようにすれば、民は国に集まるようになるのです。
     また、道理に反するような発言をすれば、民も同じように道理に反するような言動をするようになります。道理に反するような方法で財を得た者は、道理にそむく出来事によって財を失ってしまうのです。
      
     世の中のあらゆるものは変化しています。国の統治者もその例外ではありません。統治者が善を行っていれば支配力を得ますが、不善を行うようになれば脆くも支配力を失ってしまうのです。宝石や貴金属をもって宝とするのではなく、人間としての器の大きい、善なる人物をもって宝とするのです。他人の不幸を好機とするのではなく、親に思いやりや慈しみ、孝行をつくしている姿を示せることが、人々の上に立つ者の資格なのです。
     心が穏やかで落ち着いており寛容な人物がいれば、特別な技量がなかったとしても、真心を持って登用する度量が、国を治めるの者には大事です。このような人物に仕えてもらえれば、国は豊かになり、子孫と万民の幸福と安寧が保たれることになります。
      
     賢人を見ても登用することができず、登用してもこれを活用することをしていなければ、国を治める者の怠慢です。不善を見ても、退けて遠くに追い払うことをしていなければ、国を治める者の過失です。
     国民が憎んでいることを好んで行い、国民が好んでいることを嫌って行わないのは、人間の本性や道義にもとる振る舞いです。このような振る舞いばかりをしていますと、災いが必ずその身に及ぶことになります。
      
     人々が、ともに栄える道を歩んで誠実であれば、世の中はよく治まりますが、傲慢になってわがまま放題であれば、必ず世の中は乱れることになります。
     働いて財を生産する者を多くして、財を消費する者を少なくし、生産する者は速やかに仕事に取りかかり、消費をする者は緩やかに財を消費すれば、財政が不足するということはありません。これが国の財政を豊かにする大道です。
      
     皆とともに生きようとする情け深い者は、財があれば寄附や施しにつとめますが、我が一番で生きようとする者は、己のみが豊かに暮らすため、貪欲に財を集め続けます。
     国家の財政につとめる身分にありながら、国民から搾取して私腹を肥やそうとする輩が身分の低い者にもいます。身分の低い者ほど弱者から搾取します。そういった輩を採用して国家の要職を任せれば、人災とも言うべき様々な災いや不幸が起こってきます。こうなると、いくら善人がいようとも、どうしようもありません。
     国を治め世の中を平和にする道は、国を治める者が、私的な利益でなく、国民に対する人道を守り、慈しむことをもって自分の利益とすることにあるのです。

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